研究集会の目的・目標

 数学を専門としない一般の大学生への数学教育は世界的に関心を集めている極めて重要なテーマです[1][2]。これらのテーマに関しては二十年近く前から,アメリカにおける数量的リテラシーへの注目[3],世界的な広がりを持つSTEM教育の実践,あるいは工学部教育におけるArtigueの問題提起[4] など様々な実践や議論が行われてきました。また,日本国内の議論に目を向ければ,数学を現実世界で活用する能力の育成という観点から,とくに非理工系学生のための数学教育の拡充が日本の大学教育の課題として指摘されています[5][6]。これまで教育デザインの指針はいろいろな形で提案され,それぞれに高い有効性が期待できるものの,現場で直ちに役に立つものとなるにはさらなる研究が必要であると思われます。

私たちの研究グループは,日本の大学数学教育の現実に立脚し実践的な研究を積み重ねてきました。数学を数学外の文脈で活用することができない,総じて概念を形成する力が低く学習が手順の習得に終始しがちです,入学者の学力差が甚だしいなどの問題点を整理しつつ,教育デザインの指針を立て,実践的な教育改革を試みてきました。テーマIに関しては,現在は線形代数と微分積分学の授業デザインおよびテキスト作成を軸としつつ実践研究や一定の概念的分析を行っています。テーマIIに関しては,非理工系学生を対象とする数学教育における授業デザインの理論的枠組みを構築することをめざし,これらの学生が学ぶべき数学的知識・概念・手法の概念的分析と実践研究を行っています。デザインの指針の要点は,学習の文脈性の重視,学習すべき知識・概念の問い直しと学習を容易にするための新たなアイデアの提出,学生の知的な能動性を引き出し高める方法論,ICTツール開発の試みなどです。得られた成果の水準は様々で,十分な普遍性を持つと考えられるものから,単なる試行段階のものまであります。本研究集会ではそれらの紹介を行いつつ,国内外の様々な議論と実践の報告を仰いで意見を交換したいと願っています。

本研究集会では,上記の2テーマに沿って以下のトピックを扱う予定です。

  • 線形代数や微積分の習得における効果的な学習のデザイン
  • 概念理解を促進するICTツールの開発
  • 数学的知識の認識論的分析
  • 大学レベルで身につけるべき数量的リテラシー
  • 現実世界で数学を活用する能力を育成する数学科目の開発

私たちの問題意識と研究内容は,2014年に私たちが主催した国際研究集会( International Workshop) ”Mathematical Literacy at the University Level and Secondary-Tertiary Transition” での議論に基づいています。このときの議論は,のちに「大学教育の数学的リテラシー」として刊行されましたが,その中のArtigue[7] やHodgson[8]の論考,とりわけArtigueの論考が示した方向性は,現在までの私たちの研究の大きな指針となってきました。本研究集会では2014年の議論を振り返りつつ,更なる研究の進展と教育実践の進歩への貢献として実りある議論を期待しています。

参考文献

  1. Michele Artigue. Mathematics Education Research at University Level: Achievements and Challenges. First conference of International Network for Didactic Research in University Mathematics, Mar 2016, Montpellier, France.
  2. E. Nardi, Teaching Mathematics to Non-Mathematicians: What can We Learn From Research on Teaching Mathematicians?, TSG2 at ICME13,2016
  3. Association of American Colleges & Universities. STEM Higher Education Projects, https://www.aacu.org/resources/stem-higher-education/projects.
  4. Artigue,M., Batanero, C., Kent, P. Mathematical Thinking and Learning at Post-Secondary Level, Second Handbook of Research on Mathematical Teaching and Learning, ed. Lester, F. K, Jr, NCTM, pp.1011-1049, 2007.
  5. 細川敏幸,現代のリベラルアーツとしての理数工系科目(STEM)の開発と教育実践のために,大学教育学会誌,第39巻,第1号,pp.74-76,2017.
  6. 羽田貴史,STEM教育をめぐる国際動向と日本の課題,大学教育学会誌,第39巻,第1号,pp.81-85,2017.
  7. ミシェル・アルティーグ., 数学的リテラシーと高大接続/移行:関数リテラシーを例に,(翻訳:川添充),「大学教育の数学的リテラシー」,水町龍一(編・著),東信堂,pp.31-53, 2017.
  8. バーナード・R・ホジソン, 大学レベルの数学教育と数学学習について ―「中等から中等後への移行」の観点からの論評 ―,(翻訳:西山博正).「大学教育の数学的リテラシー」,水町龍一(編・著),東信堂,pp.54-70,2017.

本ワークショップは、科学研究費補助金基盤研究B(課題番号16H03065)により開催されます。
連絡先:川添充(大阪府立大学・kawazoe[at]las.osakafu-u.ac.jp)